2023年9月15日金曜日

【AI翻訳アカデミー】#塩貝香織 疑わしい翻訳講座の見破り方



 また出てきました。AIに翻訳を任せれば「英語力不問」で翻訳家になれるという講座です。
 
 実はこの講座は、2019年から2020年にかけて問題になった講座と同じ販促業者が後ろで糸を引いている講座です。以前問題になった講座については2020年2月25日火曜日のこちらの記事の記事と2020年11月7日土曜日のこちらの記事の記事をご参照ください。

「英語力ゼロでも即収入」は誇大広告|機械翻訳の訳文を修正する仕事は日本語だけ見て直すのではない

「英語力ゼロでも即収入」という広告に惹かれて、機械翻訳の訳文を修正する仕事に応募したいと考えた人も多いでしょう。しかし、この仕事(機械翻訳の後編集、いわゆるポストエディット)は日本語だけを見て手直しする作業ではありません。英語と日本語を照らし合わせながら間違って訳されているところはないかを「クロスチェック」する作業です。

 機械翻訳は完璧ではなく、文法や固有名詞、意味など(例:否定と肯定が逆になるなど)に誤りがあることがあります。そのため、訳文を修正するには、原文の英語を理解して、正しく修正する必要があります。英語力がないと、原文や訳文の意味が分からなかったり、間違った修正をしたりする恐れがあります。また、この仕事は納期や品質に厳しい要求があることも多く、簡単に収入を得られるというものではありません。機械翻訳の訳文を修正する仕事は、英語力や翻訳スキルが必要な専門的な仕事です。誇大広告に騙されないように注意したいものです。


疑わしい翻訳講座の見破り方

以下は、これまでに出てきては消えた、複数の疑わしい翻訳講座の主な特徴です

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・英語力が低くても(ゼロでも)翻訳者になれると誇大広告している

お試しレッスンや授業見学の類が一切ない。あるのは宣伝動画内のダミーの受講生の体験談だけ

・LINEのLステップというしくみを使い、申し込みページを開いた瞬間に「あと●日〇時間△分■秒と、カウントダウンが始まる(焦って契約させようとする)

・高額な2種類の講座を勧めた後(約50万円、約30万円)、サポートなしの動画教材(約7~8万円)を売り出し始める

・人数限定のはずなのに、当初の予定人数を超えてもいつまでも締め切らず、参加者の数が膨れ上がっている

・結果、少ない人数で大量の受講生の相手をしているのでサービスの質が落ち、質問しても課題を出しても全然返事が来ない

・資料請求のページもなく、講師のプロフィールが一人分しかない(一人で対応できない数の受講生を受け入れている)

・教材の詳しい内容が書かれていない

・翻訳者になった場合のメリットばかりを強調する(デメリットについては言わない)

・翻訳の基本的な知識や技術を教えずに、経歴詐称、もしくは詐称スレスレの「実績の書き方」を勧める

・翻訳は簡単にできるのだとやたら強調する

・翻訳でいくら稼げると、やたらと金額の話ばかり強調する

・ランディングページの一部に札束、または一万円札の画像が入っている(new!)

・講師が自分の年収の話をやたらと自慢する

・講師が過去の実績を実際のクライアントの実名を出して語っている(秘密保持契約違反の可能性)

契約書や教材を交付しない、または不備がある

・「特定商取引法に基づく表記」欄に「本商品に示された表現や再現性には個人差があり、必ずしも利益や効果を保証したものではございません」という一文、またはそれに類似した文言が入っている。

特定商取引法に基づく表記」欄に「インターネットによる通信販売では、特定商取引法に定められたクーリングオフの対象外となります」という一文が入っている

・返金や解約に応じない、または返金条件が異様に(常識の範囲を超えて)厳しい

・講座の中の様子を外部に漏洩した場合、異様に高額の違約金(受講料以上の金額であるなど)が課せられる(違約金の合理性については弁護士などに法律相談してください)

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いかがでしたか?あなたが気になっている講座の特徴にいくつ当てはまりましたか?


AIは言語を「理解」していない

 でも、「AIを使えば英語力がなくても翻訳できるのでは?」と考える人もいるかもしれません。無料動画(③)で講師がこのように述べていますので、そこに惹かれた人も多いと思います。しかし、これは事実ではありません。



AI(人工知能)は原文を「理解」していません。過去に読み込んだ大量のコーパス(対訳データ)から近似値をはじき出しているだけです。運が良ければ高い精度の訳文のように見える結果が出ますが、そうでないときは「もっともらしい嘘(ハルシネーション)」を吐き出すこともあります。



AI、機械翻訳の誤りは「ぎこちなさ」だけではない

 なぜ、AIに翻訳を任せてもその修正作業をする人間に語学力が必要なのか、説明しないと納得できない人もいらっしゃると思いますのでお話しします。

  AIや機械翻訳の品質を評価する際に、大きく分けて「流暢性」と「正確性」という2つの評価軸があります(実際には他にも評価軸はありますがここでは省略します)。この2つを介して評価すると、訳文には以下の4パターンが考えられます。

①表現はぎこちないが内容は正確に訳されている(流暢性=×、正確性=〇)

②表現は滑らかで読みやすいが内容に誤りがある(流暢性=〇、正確性=×)

③表現もぎこちないし内容自体にも誤りがある(流暢性=×、正確性=×)

④表現も滑らかで読みやすく、内容も正しく訳されている(流暢性=〇、正確性=〇)

 翻訳のこと、AIのこと、機械翻訳の現在の精度について詳しく知らない一般の人々のなかには、「機械翻訳がここまで進んだ!」「効率が上がった!」という記事や投稿を目にして、①のような訳文を手直しすればいいと勘違いしている人が多いようです。

 つまり、AIの吐き出す訳文は多少ぎこちないが、人間がちょっと手を入れれば英語が分からない人でも正しく修正できるレベルだと勘違いしている人もいるということです。しかし、これは誤りです。実際にはそこまで楽な作業ではありません。

 確かに、分野によってはそのレベルに近いものも出てきていますが、実際の汎用エンジンの機械翻訳の現在の精度は②や③のレベルのものがまだまだ多い印象です。日本語が流暢であるばかりに意味が違っていることが見過ごされている「隠れ誤訳」が多く散見されます。実はこういった誤訳こそが重大なのですが、これに気付くには当然のことながら原文を読んで理解するだけの語学力が求められます。

 多少の誤りであれば全体の意味に大きく影響を及ぼさないケースもあると言う人もいるかもしれませんが、中には肯定と否定が逆になっている、構文の係り受けの解釈ミスで全く違う意味になっているなどの重要な間違いが含まれているケースもあります。

 機械翻訳の後編集、いわゆるポストエディット(MTPE)という仕事では、出力された訳文の正確性は保証されていないため、原文と訳文をしっかり照らし合わせて点検するクロスチェックの作業が必須です。

 上であげた①~③のパターンのどれか分からない、合っているか間違っているかも分からない訳文を、④のレベルにまで仕上げることを要求されているのがポストエディターの仕事です(「AI翻訳家」などという珍妙な職業名は少なくとも私はこれまでに聞いたことがありません)。

 興味を惹かれるのは理解できます。英語力がなくてもできるかもしれない、やってみなくちゃ分からないじゃないか、という気持ちは分からなくはありません。しかし、一度振り込んでしまったらお金を取り返すのは本当に大変です。50万円というお金は決して安いお金ではありません。それでもこの大博打に賭けてみたいという方、止めはしません。結果的にお金を稼ぐことができなくても構わないというなら仕方ありません。そのお金は戻ってこない覚悟で、申し込んでください。

 この通り、鬼のように厳しい返金条件ですから、ほぼ返ってこないと見て間違いないでしょう。


 ※広告の内容と実際のサービスの中身が違う「景品表示法違反」、事実と違うことを伝えられて錯誤状態で契約させられた「消費者契約法に該当する事例」等で契約解除、返金交渉をしたいという方は相談に乗ります。こちらからご連絡ください。

 2023/12/14追記: 2023年12月11日(月)に翻訳関連4団体から注意喚起が出ました。日本翻訳者協会(JAT)では被害者の方々の相談窓口として「詐欺まがい講座対策委員会」が設立されました。私も委員の一員として相談受付に携わっています。JAT会員・非会員にかかわらず無料で相談できます。返金の相談など、詳しくはsagimagai@jat.orgまでメールでご連絡ください。

2024/01/06追記:上記12/11の通訳翻訳4団体声明(https://bit.ly/46UGOt9)が出た後は相談者の数も増えており、JAT会員で構成する対策委員会が運営するグループでは活発なディスカッションが行われています。返金までの具体的な行動の方法など、有意義な助言を行っています。被害に遭われた方はぜひご連絡ください。