2023年12月18日月曜日

【詐欺まがい講座に対する返金交渉を迷われている方へ】

 【詐欺まがい講座に対する返金交渉を迷われている方へ】

こんな講座に引っかかってしまった自分が情けない、自業自得だ、と自分を責める気持ちは分かりますが、泣き寝入りが一番の悪手です。泣き寝入りする人が多ければ多いほど、彼らの手元には多額の資金が残り、3年前に続いて今回も成功体験として彼らの実績に刻まれるでしょう。そしてまた、数年後みんなが忘れたころに同じ手を使うのです。今、ここで叩いて全員が返金を勝ち取り、資金を根元から絶つ必要があります。

委員に迷惑をかけるかもと遠慮する必要はありません。みんなで知恵を出し合って返金交渉しましょう。

日本翻訳者協会・詐欺まがい講座対策委員会までご連絡ください。
(参照) 2023年12月11日に出た業界4団体による共同声明


連絡先:sagimagai@jat.org


2023年9月15日金曜日

【AI翻訳アカデミー】#塩貝香織 疑わしい翻訳講座の見破り方



 また出てきました。AIに翻訳を任せれば「英語力不問」で翻訳家になれるという講座です。
 
 実はこの講座は、2019年から2020年にかけて問題になった講座と同じ販促業者が後ろで糸を引いている講座です。以前問題になった講座については2020年2月25日火曜日のこちらの記事の記事と2020年11月7日土曜日のこちらの記事の記事をご参照ください。

「英語力ゼロでも即収入」は誇大広告|機械翻訳の訳文を修正する仕事は日本語だけ見て直すのではない

「英語力ゼロでも即収入」という広告に惹かれて、機械翻訳の訳文を修正する仕事に応募したいと考えた人も多いでしょう。しかし、この仕事(機械翻訳の後編集、いわゆるポストエディット)は日本語だけを見て手直しする作業ではありません。英語と日本語を照らし合わせながら間違って訳されているところはないかを「クロスチェック」する作業です。

 機械翻訳は完璧ではなく、文法や固有名詞、意味など(例:否定と肯定が逆になるなど)に誤りがあることがあります。そのため、訳文を修正するには、原文の英語を理解して、正しく修正する必要があります。英語力がないと、原文や訳文の意味が分からなかったり、間違った修正をしたりする恐れがあります。また、この仕事は納期や品質に厳しい要求があることも多く、簡単に収入を得られるというものではありません。機械翻訳の訳文を修正する仕事は、英語力や翻訳スキルが必要な専門的な仕事です。誇大広告に騙されないように注意したいものです。


疑わしい翻訳講座の見破り方

以下は、これまでに出てきては消えた、複数の疑わしい翻訳講座の主な特徴です

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・英語力が低くても(ゼロでも)翻訳者になれると誇大広告している

お試しレッスンや授業見学の類が一切ない。あるのは宣伝動画内のダミーの受講生の体験談だけ

・LINEのLステップというしくみを使い、申し込みページを開いた瞬間に「あと●日〇時間△分■秒と、カウントダウンが始まる(焦って契約させようとする)

・高額な2種類の講座を勧めた後(約50万円、約30万円)、サポートなしの動画教材(約7~8万円)を売り出し始める

・人数限定のはずなのに、当初の予定人数を超えてもいつまでも締め切らず、参加者の数が膨れ上がっている

・結果、少ない人数で大量の受講生の相手をしているのでサービスの質が落ち、質問しても課題を出しても全然返事が来ない

・資料請求のページもなく、講師のプロフィールが一人分しかない(一人で対応できない数の受講生を受け入れている)

・教材の詳しい内容が書かれていない

・翻訳者になった場合のメリットばかりを強調する(デメリットについては言わない)

・翻訳の基本的な知識や技術を教えずに、経歴詐称、もしくは詐称スレスレの「実績の書き方」を勧める

・翻訳は簡単にできるのだとやたら強調する

・翻訳でいくら稼げると、やたらと金額の話ばかり強調する

・ランディングページの一部に札束、または一万円札の画像が入っている(new!)

・講師が自分の年収の話をやたらと自慢する

・講師が過去の実績を実際のクライアントの実名を出して語っている(秘密保持契約違反の可能性)

契約書や教材を交付しない、または不備がある

・「特定商取引法に基づく表記」欄に「本商品に示された表現や再現性には個人差があり、必ずしも利益や効果を保証したものではございません」という一文、またはそれに類似した文言が入っている。

特定商取引法に基づく表記」欄に「インターネットによる通信販売では、特定商取引法に定められたクーリングオフの対象外となります」という一文が入っている

・返金や解約に応じない、または返金条件が異様に(常識の範囲を超えて)厳しい

・講座の中の様子を外部に漏洩した場合、異様に高額の違約金(受講料以上の金額であるなど)が課せられる(違約金の合理性については弁護士などに法律相談してください)

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いかがでしたか?あなたが気になっている講座の特徴にいくつ当てはまりましたか?


AIは言語を「理解」していない

 でも、「AIを使えば英語力がなくても翻訳できるのでは?」と考える人もいるかもしれません。無料動画(③)で講師がこのように述べていますので、そこに惹かれた人も多いと思います。しかし、これは事実ではありません。



AI(人工知能)は原文を「理解」していません。過去に読み込んだ大量のコーパス(対訳データ)から近似値をはじき出しているだけです。運が良ければ高い精度の訳文のように見える結果が出ますが、そうでないときは「もっともらしい嘘(ハルシネーション)」を吐き出すこともあります。



AI、機械翻訳の誤りは「ぎこちなさ」だけではない

 なぜ、AIに翻訳を任せてもその修正作業をする人間に語学力が必要なのか、説明しないと納得できない人もいらっしゃると思いますのでお話しします。

  AIや機械翻訳の品質を評価する際に、大きく分けて「流暢性」と「正確性」という2つの評価軸があります(実際には他にも評価軸はありますがここでは省略します)。この2つを介して評価すると、訳文には以下の4パターンが考えられます。

①表現はぎこちないが内容は正確に訳されている(流暢性=×、正確性=〇)

②表現は滑らかで読みやすいが内容に誤りがある(流暢性=〇、正確性=×)

③表現もぎこちないし内容自体にも誤りがある(流暢性=×、正確性=×)

④表現も滑らかで読みやすく、内容も正しく訳されている(流暢性=〇、正確性=〇)

 翻訳のこと、AIのこと、機械翻訳の現在の精度について詳しく知らない一般の人々のなかには、「機械翻訳がここまで進んだ!」「効率が上がった!」という記事や投稿を目にして、①のような訳文を手直しすればいいと勘違いしている人が多いようです。

 つまり、AIの吐き出す訳文は多少ぎこちないが、人間がちょっと手を入れれば英語が分からない人でも正しく修正できるレベルだと勘違いしている人もいるということです。しかし、これは誤りです。実際にはそこまで楽な作業ではありません。

 確かに、分野によってはそのレベルに近いものも出てきていますが、実際の汎用エンジンの機械翻訳の現在の精度は②や③のレベルのものがまだまだ多い印象です。日本語が流暢であるばかりに意味が違っていることが見過ごされている「隠れ誤訳」が多く散見されます。実はこういった誤訳こそが重大なのですが、これに気付くには当然のことながら原文を読んで理解するだけの語学力が求められます。

 多少の誤りであれば全体の意味に大きく影響を及ぼさないケースもあると言う人もいるかもしれませんが、中には肯定と否定が逆になっている、構文の係り受けの解釈ミスで全く違う意味になっているなどの重要な間違いが含まれているケースもあります。

 機械翻訳の後編集、いわゆるポストエディット(MTPE)という仕事では、出力された訳文の正確性は保証されていないため、原文と訳文をしっかり照らし合わせて点検するクロスチェックの作業が必須です。

 上であげた①~③のパターンのどれか分からない、合っているか間違っているかも分からない訳文を、④のレベルにまで仕上げることを要求されているのがポストエディターの仕事です(「AI翻訳家」などという珍妙な職業名は少なくとも私はこれまでに聞いたことがありません)。

 興味を惹かれるのは理解できます。英語力がなくてもできるかもしれない、やってみなくちゃ分からないじゃないか、という気持ちは分からなくはありません。しかし、一度振り込んでしまったらお金を取り返すのは本当に大変です。50万円というお金は決して安いお金ではありません。それでもこの大博打に賭けてみたいという方、止めはしません。結果的にお金を稼ぐことができなくても構わないというなら仕方ありません。そのお金は戻ってこない覚悟で、申し込んでください。

 この通り、鬼のように厳しい返金条件ですから、ほぼ返ってこないと見て間違いないでしょう。


 ※広告の内容と実際のサービスの中身が違う「景品表示法違反」、事実と違うことを伝えられて錯誤状態で契約させられた「消費者契約法に該当する事例」等で契約解除、返金交渉をしたいという方は相談に乗ります。こちらからご連絡ください。

 2023/12/14追記: 2023年12月11日(月)に翻訳関連4団体から注意喚起が出ました。日本翻訳者協会(JAT)では被害者の方々の相談窓口として「詐欺まがい講座対策委員会」が設立されました。私も委員の一員として相談受付に携わっています。JAT会員・非会員にかかわらず無料で相談できます。返金の相談など、詳しくはsagimagai@jat.orgまでメールでご連絡ください。

2024/01/06追記:上記12/11の通訳翻訳4団体声明(https://bit.ly/46UGOt9)が出た後は相談者の数も増えており、JAT会員で構成する対策委員会が運営するグループでは活発なディスカッションが行われています。返金までの具体的な行動の方法など、有意義な助言を行っています。被害に遭われた方はぜひご連絡ください。

2023年7月7日金曜日

新ブログページ「翻訳個人事業主の仕事 Season 2」へ引っ越しします。

 2017年に開始したブログも、ここ最近では更新頻度も減り、話題もあちらこちらへ飛んでしまっているので、1度投稿の種類によって自分のもっている媒体を整理したいと思うようになりました。

 このブログは当初、「翻訳の仕事を始める人のために、翻訳回りの庶務的なことをまとめたページにしたい」という思いで始めたものですが、このブログの他にも翻訳の仕事についてまとめた「翻訳者スタートガイド.net」を立ち上げたり、Kindle本を出版したり、翻訳の仕事の探し方情報に特化したnoteアカウントを作ったりなどしてきたので、今後、ブログでは「純粋に自分が翻訳者として考えていることを書く場所にしたい」という思いが強くなりました。

 新しいブログのURLはこちらです。始めるにあたってどういうコンセプトでいきたいのか、少しですが書いていますので、よほどお時間があるようであればご覧ください。(笑)

 ただ、古くなった記事も読み返せば「当時はそういう状況だったのだな」と分かるアーカイブ資料でもありますし、部分的には役に立つ場合もあるかもしれないので、こちらのブログはこのまま置いておきます。

 それでは新旧ブログをどうぞよろしくお願い致します!

2023年5月18日木曜日

断言しない

 これまでTwitterやこのブログで翻訳者の手にまだ残る仕事がある、と言うと

一部の人から
・「業界の保身に聞こえる」
・「年配で(過去に)儲かりやすかった人が翻訳の価値を謳うことが多い」
・「機械翻訳はかなり進化している。自分の分野での進化を確かめてみては」

...のコメントを頂戴してきました(エアリプの場合もあり)。

 自分の働く業界を守っていったい何が悪いのかと思いますが、産業革命の時のラッダイト運動(機械打ちこわし運動)のように思われているのではないか、つまり自分たちの雇用を守るために機械翻訳やAIの進化を邪魔しているのではないかと考える人たちが、「翻訳者たちが『何とかしなければ』と声をあげること」自体を破壊的な行為とみなしているということでもあるのではないか、と思います。

ですから翻訳者の仕事は残ります、と「断言」してしまうと、

「(こんなに精度があがったのに翻訳者ごときが)まだAIのことをディスっているのか!」と怒る人が一定数いるように感じられるので、未来のことについて何事も断言できないということを肝に銘じる必要があるかもしれないと思いました。

ですから、今後は例外的な場合を除いて常に「...可能性がある」という言い方にしようと現時点では思っています。

・翻訳者の手には機械翻訳、AIの限界に関連してまだ仕事が残される「可能性があります

・少なくともまだ数年は語学に関連した仕事に就ける「可能性があります

と言えば、ただ可能性の話をしているだけなので誰からも文句は出ないのではないかと。

つまりは決めつけない、一般化しない、主語を大きくしない、いつの話をしているのか明確にする(現時点の話であるなら「少なくとも現時点では」と面倒でもいちいち言う)ということですね。

まあ、ものを書かせていただき、どこかの誰かにお読みいただく以上、当然のお作法かもしれないですが、正直、めんどくさいですね。

2023年4月23日日曜日

Word Connection社主催Human Powered2023「ChatGPTは翻訳を変えるのか」参加感想

 マイアットかおりさんの会社、Word Connection主催Human Powered2023「ChatGPTは翻訳を変えるのか」に参加しました。

・前半はITコンサルタントの酒匂寛さんによるプレゼンテーション、

・後半は奈良先端科学技術大学院大学(通称NAIST)准教授の須藤克仁先生によるプレゼンテーション、

・休憩をはさんでマイアットかおりさんのプレゼンテーション、

・最後に三方による事前質問への回答+ディスカッションという構成でした。

 前半の酒匂さんのプレゼンテーションの情報量は圧巻でした。特に印象に残ったのは「CharGPTに『翻訳』を頼むのではなく「伝えたい事」を教えて作⽂してもらうという戦略」というところでした。原文をそのまま入れて「翻訳してください」と言っても上手くいかなかった文章も、そもそもやりたいことが「翻訳」ではなく何かを伝えることなのであれば、「こういう文章を作ってください」と命令すれば作文してくれる、という使い方ができる、という視点です。

 (ここからは私の意見ですが、こうした使い方をすれば今後、自治体などで災害時の避難情報を多言語翻訳する際に、原文として日本語で作文してから機械翻訳に入れるのではなく、例えば「〇〇川流域の住民に対し、速やかに非難するよう促す警告文を英語、スペイン語、ポルトガル語、中国語、韓国語の5カ国語で作成してください」などとプロンプトを入れれば作成できるだろうなと思いました。気になったので実際、このようなプロンプトでChatGPTに命令してみたところ、それっぽい文章を各言語で出してきました。英語以外の言語は私は理解できないので、それぞれDeepLで英語に逆翻訳したところ、特に重大な誤訳をしている可能性が感じられる箇所は見当たりませんでした)

 後半の須藤先生のプレゼンテーションは、生成系AIに関する中身の詳しい話で、かなりテクニカルな話で正直私には難しく、途中でついていけなくなってしまったのですが(雑な感想ですいません)、最後に「言葉のチカラは重要。平均値の言葉で埋め尽くされるのはディストピアだと思っている」というお考えを聞いて、私を含め多くの翻訳者と(おそらく)向いている方向は同じだと感じました。

 マイアットかおりさんのプレゼンテーションでは、実際にご自身で使ってみた結果などをシェアしてくださり、翻訳に関連してChatGPTでどんなことができるのか解説してくださいました。また、守秘義務の観点から情報流出の懸念があるため顧客から預かった資料をAIに入れることはできない点、出力に信憑性がないためリサーチには使えない(不安が残る)などの懸念についても言及されていました。

 もともと私も、自分でも使ってみたりしていて「すごいものが出てきたなあ」と思っていたところだったので、「ChatGPTなんて嘘ばっかりつくし大したことない」などと言うつもりは毛頭なく、この話題の生成系AIでどんなことができるのか、ということを三人の方が膨大な情報量とともに解説してくださって、非常に興味深く有意義なセッションでした。今後少しずついろんなことが大きく変わっていくのは確実だろうと思いました。

 改めて感じたのは酒匂さんが説明してくださっていた「翻訳でなく文そのものの生成をChatGPTに依頼する」という使い方により、自治体など予算がタイトな現場では今後、これまでのDeepLに変わってChatGPTのような生成AIが多言語翻訳に活用されるケースが想定されると感じました(外国語できちんとした文章にしないと伝わらず人命にかかわるなどと翻訳の意義を説明しても、無い袖は振れぬ場面では結局、人間翻訳者への外注が発生しないのはこれまで通りだろうという思い)。そうなると人間の翻訳は「贅沢品」として、そのニーズはますます「機械ではどうしても生成できない訳文の創出」という限られた範囲での発生になっていくのかな、という風に感じました。

 私としてはそれでもまだどこかでどうにかして言語にかかわる仕事を続けたいと思っているので(この仕事が面白いので)、このすごい発明品の後にやってくる(と思われる)業界地図の塗り替わりの後も、自分にできる仕事をできる範囲でやりたいという思いを新たにしました。そのためには、「人間にしかできない言語関連サービス需要の掘り起こし」という観点で自分の仕事の可能性を探り続けたいと思いました。

 なんかすごい世界になってきたなあという感じですが、まだまだリンギストたちにはやれることがたくさんあるだろうという思いは捨てていません。 

(P.S.ちなみに今日はこのセッションの前にJATの交流イベントもあってダブルヘッダーだったのですが、JATの交流イベントの感想は4/28の宮原さんとのインスタライブでお話しする予定です!インスタライブをお聞きくださる方は宮原さんのInstagramアカウントをフォローください。配信が始まると通知が届きます)

2023年3月3日金曜日

機械翻訳に適した原文・適さない原文

 以前このブログで記事を書いて炎上した、「機械翻訳の精度が今以上に向上したら人間の翻訳者は要らなくなるのかという問い」に再度向き合ってみたいと思います。

 この問いは職業翻訳者にとっては「明日の生活の糧が消えるのかどうなのか」という切実な問題であると同時に、機械翻訳の開発側・売り手側にとっては「人間翻訳者の活躍の場が残されている=機械翻訳が完全ではないことの証明」だと指摘しているように捉えられる可能性もあり、生半可な気持ちで手を出すと再びほうぼうから袋だたきに遭う可能性があります。

 にもかかわらずこの問いに再び挑む理由は、「翻訳者は最終的にいらなくなる」という認識をこれ以上広めると、本当に困るのは実は翻訳者ではなく、社会全体だと考えるからですこれから新しく翻訳業界に入ってくる人がいなくなり、業界から去っていく人が増えて人材不足に陥ると、社会のどこかで必ず困る人が出てきます。その理由について「機械翻訳にはそれに適した原文・適さない原文がある」ということを論じ、それを通じて業界内外の人に対し納得できる説明をする、というのが今回の記事の目指すところです。うまくいくか分かりませんので気持ちと時間にゆとりのある方はお付き合いください。
 前回の記事は「誰に何を言いたいのか明確でない」という指摘がありましたが、業界内外の人たち、広く一般に向けて書いていました。今回も同様です。翻訳業界の未来に一ミリも興味のない方にとっては「実益が一ミリもない」記事であって時間を損する可能性がありますのであらかじめご承知おきください。

目次

1. 機械翻訳に適した原文
2. 機械翻訳に適さない原文
3. 職業翻訳者を社会に残さなければならない理由
4. 将来に向けた提言(商業的成功の追求・政治的支援の可能性)


 前置きが長くなりましたが、大前提として、機械翻訳の精度は実際非常に高くなりました。これは紛れもない事実です。我々翻訳者もまずはここを認める必要があります。

 機械翻訳がこれだけ発展しても人間の翻訳者に活躍の場所が残されているのは、機械翻訳の「精度が不十分」だからではありません。そこが誤解されていると思います。「翻訳者なんかいずれはいらなくなる職業なのにまだ『機械翻訳はダメだ』と騒いでいる人たちがいる。それは機械翻訳の精度が低いからだ。機械翻訳もっと頑張れ」などと言う人がいますが、その認識は間違っていると思います。

 機械翻訳という道具はその性質上、どこまで精度を高めてもそれだけでどんな原文でも必ず訳せるというものではありません。ボタンひとつでどんな会話も文章も発言者の意図した通りに適切に翻訳されるというのはSFの世界です。発言にはほとんどの場合に文脈があります。人間の言語活動はそれほど単純なものではありません。機械翻訳には必ずそれに適した原文と適さない原文があります。

 機械翻訳に適した原文とはどういうものなのか。機械翻訳に適さない原文とはどういうものなのか。まずはその点についてそれぞれに分けて具体的に例を挙げて説明したいと思います。

1. 機械翻訳に適した原文


 機械翻訳に適した原文とは、ひと言で言うと文字通り訳(リテラル訳)に適した文章のことです(世間一般に言ういわゆる「直訳」のことです)。言外の意味が含まれていないローコンテクストな(文脈に依存しない)文章とも言えます。
 
 例えば、以下のように事実を平易に述べた文は機械翻訳に適しています。長いですが構文は平易で難解な表現や成句はなく、言外の意味が含まれる箇所もないので文字通りに訳せば比較的そのまま意味が通るので機械翻訳が得意とする文章です。これを二大MTに入れてみましょう。

Financial statements are written records that convey the business activities and the financial performance of a company. Financial statements are often audited by government agencies, accountants, firms, etc. to ensure accuracy and for tax, financing, or investing purposes.


【DeepL訳】
財務諸表とは、企業の事業活動や財務成績を伝えるための記録文書です。財務諸表は、政府機関、会計士、企業などによって、正確性を確認するため、また税務、融資、投資のために、しばしば監査される。

常体と敬体が混じっていますが、意味は通ります。常体か敬体のどちらかに統一するという微調整で済むので、MTPEで対応できる文です。)

【Google翻訳】
財務諸表は、企業の事業活動と財務実績を伝える書面による記録です。 財務諸表は、政府機関、会計士、企業などによって、正確性を確保するため、および税務、資金調達、または投資目的で監査されることがよくあります。

意味はギリギリ分かるので語順を入れ替えるなどして整えれば比較的読めると思います。ぎこちなさがあるのでこれを読みやすくするにはポストエディターにはそれなりに負荷はかかりそうですが、これぐらいのぎこちなさなら修正せずにそのまま使う、という選択肢もあります

 次は変化球です。一見、訳しづらいと思われる会話表現です。例えば、うどん屋さんに行って「私はきつねで」と言ったのをDeepLに入れたらこうなったとします。




 これはある意味、誤訳ではありませんし、「精度が低い」と言って笑うべきではありません。なぜなら文字通りにきちんと訳されているからです。精度という観点で言えばむしろ高いです。これが翻訳として機能しないのは、この文脈
(うどん屋でのオーダーという状況)において発話者の意図した内容が伝わっていないからです。つまり、これはこのままでは原文が機械翻訳に適さないということです。しかし、これは原文を機械が訳しやすいように編集することで解決できます。



 「きつね」ではなく「きつねうどん」とフルで言い換えています。きつねうどんをどうするのかについて「オーダーします」という動詞を補っています。しかしそれでも「きつねうどん」は"kitsune udon"としか訳されなかったのでこれでは通じないと思い、きつねうどんの説明をカッコ書きにして原文に追加しています。すると、「油揚げ」は"deep-fried tofu"ときちんと訳されています。これで英語圏の人にもkitsune udonがどのようなものか、おおよそは伝わると思います。

 このような作業のことを「プリエディット」と言います。このようにして「機械が訳しやすいように原文を編集」することによって機械翻訳はかなり高い精度で適切な訳文を生成します。

 教師データが多い分野や企業内で専用で動かしているエンジンなどではこの「きつねうどん」にあたるデータが機械学習されており、カッコ書きの説明を入れなくても発話者の意図した通りの訳文を出してくることもあります。

 実際、このようにすれば機械翻訳はかなり便利に使うことができます。英語が全く分からない人には十分に使いこなせないかもしれませんが、「自分で英作文はできないけれど出てきた英語の良し悪しは判断できる」という程度の英語力のある人が使えば、機械翻訳は非常に強い味方です。プリエディットしてから原文を機械翻訳に入れ、出てきた訳文を少し自分で修正すれば、平易な文章であれば外部の翻訳会社に依頼しなくても訳せるかもしれません。

 実際に、一部の企業ではそのようにして機械翻訳を社内で使うように奨励したり、上のような「プリエディット/ポストエディットのコツ」のようなことを外部講師を呼んで社員研修を実施するなどして、現場で積極的に機械翻訳を導入して業務効率化しようという動きもあるようです。そうした動きは今後ますます加速するでしょう。

 特にIR資料など、翻訳に即時性が求められる場面においては、「機械翻訳による翻訳です」という免責事項を記載することにより、機械翻訳による訳文の活用が広がっていくと思われます。

2. 機械翻訳に適さない原文


 一方、機械翻訳に適さない原文というのはどのような文章でしょうか。端的に言えば上記と正反対の文章ということになります。つまり、構文が複雑、または言外の意味を含む、文脈依存度が高い、という文章がそれに当たります。

  We all have vast potential inside of us, untapped levels of strength, intelligence, and focus, and the key to activating these superpowers is unlimiting yourself.

 この文章のように
 ①構文が取りづらいもの
 ②事実の伝達ではなく概念・思想のようなもの

 は機械翻訳に適さないことが多いです。

 これはTwitterで「なるいくん」(https://twitter.com/naruikun)さんが2023年2月20日の「今日のパンチライン」という投稿で紹介されていた原文です。
「なるいくん」さんはこのように訳されていました。(掲載にはご本人の了承を得ています)

人は皆、計り知れない潜在能力を秘めている。力、知性、集中力といった眠っている能力を開花する鍵は、自身に限界を作らないことだ。

 "activate"を「開花する」と訳すなど、辞書では見つからない訳語が採用されていますが原文のエッセンスが非常によく伝わる名訳だと思いました。

 この原文を日本語に訳す際の難しさはとくに、"vast potential inside of us" と、"untapped levels of strength, intelligence, and focus"が同格になっているところです。なるいくんさんは「計り知れない潜在能力」と「力、知性、集中力といった眠っている能力」が同格になっていることを意識し、読者にそのつながりが分かるように見せたうえで読みやすくするためにあえて文を切っています。

 このように少し読み取りづらい構文が含まれていると機械翻訳は誤読する確率が高い傾向にあります。この原文をさきほどと同じようにDeepLとGoogle翻訳に入れてみます。
 
【DeepL訳】
私たちは皆、自分の中に大きな可能性を持っています。力、知性、集中力など、未開発のレベルです。

構文が取れておらず、and 以降の後半部分がごっそりと欠落しています。原文の意味が正しく翻訳されていません。精度は低いと言えます) 

【Google翻訳】
私たちは皆、自分の中に無限の可能性を秘めています。未開拓のレベルの強さ、知性、集中力を備えています。これらの超大国を活性化する鍵は、自分自身を制限しないことです。
単語レベルでは前から順に忠実に」文字列変換してきているのでDeepLの訳よりはマシなように見えますが、件の箇所が同格であることが無視されています。また、"superpower"の意味を取り違えて文脈に合わない訳語(「超大国」)になっているほか、全体的に直訳調で日本語として読みづらい文章です

 ちなみにこの原文は、調べてみるとジム・クウィック(Jim Kwik)という著者の『LIMITLESS 超加速学習: 人生を変える「学び方」の授業』という書籍の一節でした。邦訳本のなかでの訳し方はまた違ったアプローチでした。どちらが良いという話ではないのでここには載せませんが、気になる方は書籍で確認してください。原書は『Limitless: Upgrade Your Brain, Learn Anything Faster, and Unlock Your Exceptional Life』です。この文は結構序盤で出てきます。

 さて、この2つの機械翻訳にかけた原文ですが、機械翻訳の精度の話をしているのではなく、こういうタイプの原文はそもそも機械翻訳では扱いにくい、という話をしています。頭から順番に単語を置き換えたただけでは意味をなさないからです。こういう文章は他にもたくさんあります。

 例えば契約書などのように、一文が10数行にも及ぶような長い文を含む文章です。条件節が複雑に挿入されていて、丁寧に読まないと係り受けを把握できない文章は機械翻訳が苦手とするところです。短く切ってすべて単文にしてから機械に入れれば訳せることもありますが、節と節の関連性が失われて意味不明になることもあります。

 また、構文は取れていても辞書にある言葉で文字通りに訳すと意味が伝わらないという原文も機械翻訳に適さないと言えます。上の例で言うとactivateは辞書にある言葉の中から起動する、有効化する、作動させるなどと訳すと原文の意図するところが伝わらないので、英英辞典を引くなどして単語の元の意味を理解してから文脈に合う日本語を自分で探すもしくは当てはめる必要があります。上の例以外にもいわゆる偉人の名言のような文やことわざのような類も、この条件にあてはまりやすいと思います。

 問題はこのような原文の「機械翻訳の適用性」という観点において、一つの文章全体が100%適用外とか100%適用可ということはないことです。文章にはほとんどの場合、この両方が混在しています。例えば800ワード程度の原文があるとして、100文程度の文で構成されているとします。このうち、何%が適用外で何%が適用可であるかは毎回原文の種類によって異なり、明確な判断基準は現在のところ(私の知る限り)存在しません。

 しかし驚くことにというか困ったことにというか(喜ばしいことにという人もいるかもしれません)、機械翻訳はこのように本来適用外の原文であっても、まれに偶発的に「良い訳文」を出してくることがあります。これは人間の翻訳行動をなぞって機械学習しているために、過去のパターンに寄せて訳文を生成したらたまたま良い訳になった(原文を理解して人間が訳した結果と偶然似たような出力になった)ということがあるからです。これがあるから機械翻訳に適した原文と適さない原文の区別が現状、つきにくくなっています。これが機械翻訳についての評価が人によって分かれていることの要因の一つになっていると思います。

 私が考える現状の機械翻訳運用における問題点は、こうした機械翻訳に適した原文と適さない原文を混在させたまま、一律に機械翻訳にかけて処理し「人間によるポストエディット」で一から訳した場合と同品質を求めようとしているところです。

 機械翻訳がマッチした箇所をポストエディット料金、マッチしなかった箇所を通常の翻訳料金、と分けて設定するなどということには時間もコストもかかり、(判断基準もないため)実際、技術的に不可能だとは思いますが、現状そこのところは「みんなうすうす分かっていながらそんなことを言いだしたら面倒だから」見ないふりをしているのではないでしょうか。

3. 職業翻訳者を社会に残さなければならないと私が考える理由


 さて、こうした現状があるなか、仮に冒頭で述べたように「翻訳者は最終的にいらなくなる」という言葉を信じて多くの翻訳者が廃業して別の仕事に就き、新たに業界に入ってくる人がいなくなる、という状況が実際に起き、最終的に「翻訳者」がいなくなり「翻訳会社」がなくなったとしたら、実際に困るのは誰でしょうか。

 まず、社内などで発生する翻訳の場合、社内や組織に翻訳のできる人を抱えることで解決すると思われるかもしれません。実際にポストエディターの求人案件は増えているという情報も耳にしました。しかし、翻訳や翻訳の修正は経験の浅い人にやらせていきなりうまくできるものではないので、翻訳のプロでない人に作業させてすぐに満足の行く訳が手に入ることはまれだと思います。機械翻訳で「一見正解に近いように見える訳」が手に入っても、それを「正確で読みやすい」という人間レベルの翻訳に修正するには翻訳者と同等もしくはそれ以上の能力がないとできないからです。ポストエディターを雇ったとしても一定の訓練期間を要するでしょう。そうなると結局、外注していた翻訳者を社内で雇うのとほぼ同じコストがかかることになります。人件費を減らそうとしてスポットで外注していた翻訳作業に対し、仕事があるときもないときもあるのに一人分の雇用が発生することになり、派遣社員や臨時社員として雇ったとしても却ってコスト増になる可能性もあります。

 次に、書籍翻訳などの場合。仮に文芸翻訳者や出版翻訳者がゼロになった場合、外国語で書かれた文章を読者が各自機械翻訳に通して読むことになるでしょう。現状でも人気があるのになかなか邦訳されない海外の漫画などが、しびれを切らしたファンたちによって機械翻訳を通して読まれていることはあるようです。しかし、エンタメのセリフや文章には特に上のような機械翻訳に適さない文が含まれているケースも多いと思うので、機械翻訳の結果では意味が分からないケースが多発するでしょう。そういうページは飛ばして読むか、前後から推測するか、または自分で語学を勉強して読むことになります。読みたい本があるのに日本語では一切出ていない世界。大勢の一般読者が困ると思います。

 また、講演などのスピーカーはどうでしょう。翻訳の話から少しだけずれて通訳の話になりますが、仮に運営側から「人間の通訳者はコストがかかるので廃止しました。発話と同時に機械翻訳で前のスライドに訳を表示しますので、できるだけ機械が訳しやすいように話してください」と言われたらどうでしょう。話の内容が機械で訳せる範囲に制限されます。スピーカーも話を広げようがなく困ると思いますし、せっかく面白い話を聞けるはずだった聴衆も、機械に訳しやすいように制限のかけられた話を聞くことになって面白さが半減して残念な思いをする可能性もあります。

 このように、翻訳のプロたちを社会から抹消すると、どこかで困る人が必ず出ると思います。だからゼロにはしないけど今より数は減るんじゃないかという指摘もありますが、それも「現在訳されているものだけを全部機械に置き換えた場合」の話だと思います。実際にはそれほど減らない、減らせないと思います。機械翻訳で対応できる部分はすべて機械に置き換えていっても、機械でどうしても訳せない部分で人間の需要が発生しますから、人間が担当する原文の種類が変わるだけです。機械でもできるような簡単な仕事しか担当していなかった人、そういう仕事しかできない人の仕事はなくなるかもしれませんが、機械以上に複雑な処理をできる人の仕事はなくならないと思います。また、何度も言うように、機械の翻訳結果が不満足に終わるケースは機械翻訳の「精度」がまだ低いからではなく、そもそも原文が機械翻訳にマッチしていないからです。そういう意味では人間の活躍の場が残されているのはどういうフィールドなのか、翻訳者は時代の潮目を常に読む必要があるということです。需要がなくなる可能性の高い分野にいつまでも留まるのは危険ですが、変化に合わせてこちらも変化することで自分の仕事を守ることができます。

 
4. 将来に向けた提言(商業的成功の追求・政治的支援の可能性)

 最後に将来に向けた提言ですが、まず、翻訳者は世の中で機械翻訳の使用頻度が高まることを嘆いていても始まりません。うまく使えば便利な道具であれば皆が使うのは当然のことです。そのような流れのなかで翻訳者は「無料でかつ秒で出るサービス」と戦っているのだということを自覚する必要があります。その上で、「タダで手に入るものとは違うサービス」を、付加価値を付けて売っていくという意識が重要です。機械翻訳を使って訳した場合に起こりうるリスクを啓発するより(それももちろん大事ですが)、自分に発注してもらったらどんな実利があるのかを、一人一人が明確に打ち出し、職業翻訳者たちがビジネスとして商業的成功を目指していく必要があります。

 それと同時に、商業的成功を目指すことで「儲かる仕事しか残らない」という方向に物事が加速度的に進んでいく可能性があります。コストをかけて人間が訳しても誰も読まない、売れない、という本は誰も訳さなくなる、という未来は簡単に予想が付きます。しかし、機械にも訳せないような文を正確に読みやすく訳す、という翻訳技術は後の世代に受け継いでいかなければ必ず社会のどこかで困る人が出てきます。商業的なうまみがない分野で学術的にまたは文化継承のためなどに必要な翻訳をできる人材を残すという意味で、例えば「翻訳者という文化財を守る」みたいなことを政治を動かしてやる、という活動があってもいいのではないかと思います。すでにそういう動きがあるのかどうか、勉強不足で分かりませんが、そうしていく必要性は非常にあると思います。

 巻物のように長いブログとなってしまいましたが、機械翻訳と翻訳者の未来について、現時点で思うところをだいたいですが盛り込めたと思います。いかがでしたでしょうか。

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