2018年1月10日水曜日

翻訳者を目指している方へ

先日懐かしい友人から翻訳の仕事を始めたいという相談を受けました。
彼女は在米歴も長く、私などよりずっと英語力の高い人です。にもかかわらず、いざ翻訳を仕事にしようとなると「何から始めたらよいか分からない」と不安を持っているようでした。

世の中には翻訳の通信講座や通学する教室、オンライン講座など、さまざまな「翻訳教室」がありますし、翻訳家を目指す人のための書籍も山のようにあります。
そういった書籍の中には私も興味を惹かれて購入したものの、「積ん読」になってしまっているものも少なくありません。



そういう教室に通った方がいいのか、本を買って読んだ方がいいのか。人それぞれやり方はあると思いますが、結論から言うと「どんどん実践で訳した方がいい」というのが私の意見です。

英語の総合力に不安があるうちは、ある程度の力がつくまで対訳の載っている雑誌や書籍を買ってきて、何も見ずに自分で訳し、あとから邦訳を見て自分で赤ペンを入れる、という方法でほぼ通信教育と同じ効果が得られます。

中には出版されている邦訳にも、訳者が解釈しきれなかったと見受けられる「適当に流した箇所」が散見されることもあり、出版されている訳が必ずしも正解とは言えないこともあるので、納得がいかない場合は通訳や翻訳に精通している知人がいる場合は質問するのも良いかもしれません。

市販されている書籍の対訳部分と大差ない訳を自力で出せるようになってきたら、好きな分野や必要な分野(仕事に直結しそうな分野)に絞ってどんどん和訳していくのが近道です。

プロとして通用するレベルか否か、というのは翻訳会社が主催するトライアル(採用試験)や各種検定、翻訳オーディションなど様々な手段で判断が可能ですが、その前に自分で判断できるとすれば

・「この原文に対してこの訳文が間違いなく正解である」と自分で言い切れるレベルになったらそろそろトライアルにも合格し始めるラインに来ています。

プロとアマチュアの違いは、「手直しがなくてもそのまま商品として通用する」レベルの訳が出せるか否かであり、訳者自身が分からない箇所も違和感を持つ箇所もない訳文を作成できるかどうかが判断の分かれ目です。

課題を出されて「はい、できました、先生、合ってるかどうか見てください」の段階ではまだ見習いレベルです。

・「この訳で自分としては100%正解だ」と確信を持てるようになるには、

・文法力を含めた原文の解釈力
・適切なワードチョイスを行うための調査力(グーグル検索力)
・ターゲット言語に置き換える表現力
・訳抜けや見落としなどを防ぐ推敲力

の4つが必要です。

この4つの能力を高めるためには
・文法で不安な箇所が出てきたら文法書できっちり確認する
・グーグル検索に関する本を読むなど検索力を上げるための知識を高める、実際に検索してみる
・表現力を磨くために日本語の本も読む
・推敲は複数回行う

を自分で繰り返し行うことが、地道ですが王道だと思います。

「うまい訳し方」「翻訳のテクニック」というものは、その道の諸先輩方に聞けば
「こんな英語をこんな風に訳した」という武勇伝はいくらでも出てくると思いますが、新たに出てきた難文をどう訳すか、という法則性や規則性のようなものは実はほとんどありません。

すべてはその時読んで理解したことを適切にもう一方の言語に移す、という単純作業の繰り返しの成果なわけです。

翻訳の勉強は資格試験や定期試験と同じで、対象となる試験範囲(つまり自分が翻訳者として精通したい特定の分野)の基礎知識をまんべんなく学ぼう、などと思って業界の解説本などを漫然と読んでいても実はほとんと役に立ちません。

例えば私は自動車関連の翻訳を長くやっていますので、自動車に深い知識があると思われがちですが、実は仕事でかかわった部分だけピンポイントで調べて知っているにすぎません。

業界全体を浅く広く知るのではなく、翻訳に必要な部分だけをしっかり調べて、業界で使われている表現でしっかり訳す、という繰り返しです。

理系出身ではないですし、エンジニアでもないので、機械の動く仕組みを基礎から理解しているわけではないのです。

科学技術の進歩は著しいので、「まずは基礎知識から」と関わりたい業界の本を取り寄せて読むのは、例えていうならば、「通訳案内士」の歴史の試験が迫っているのに「過去問」をやらずに「マンガ日本の歴史」を卑弥呼の時代から読み始めるようなものです。

もちろん、エンジニアや工学部出身の人が翻訳者になるケースもあり、そういう人が背景知識の強みを生かして活躍されているのは間違いありません。
しかし、文系出身者が初めからそのレベルを目指そうというのはおよそ無理な話であり、限られた時間の中で勉強する方向性としてはずれていると言えます。

そうは言っても、「字面だけ訳せば内容を知らなくても良い」と言っているわけではありません。
翻訳者としては持てる限りの調査力を発揮して、「まるで理系出身者であるかのように」適所に適訳を配置した訳ができるようになる必要があります。

それには、一つ一つの実際の原文を訳していく「実戦」をOJTで積んでいくのがやはり一番の近道だと思うのです。

まとめると、

1.まずは対訳のあるものを探して訳出の練習と赤ペン修正を自分で繰り返しやる
2.対訳と大差ない訳ができるようになったら対訳のない英文にもチャレンジする
3.「自分の訳には誤訳はないはずだ」と確信を持てるようになったら翻訳会社のトライアルを受ける

ということです。
偉そうに書きましたが、私自身のこれまでを振り返って書きました。実は今でも「これでいいのかな」と思うことはよくあります。
そういうときは文法書に徹底的に当たり、ネットで調べ、辞書を何度も引いて正解にたどり着くまで粘ります。

結局は翻訳者に必要な最低限の素養は「粘り」なのかもしれません。

これから翻訳者を目指す方に、少しでもお役に立てれば幸いです。お互いに頑張りましょう。
2018年もよろしくお願い致します!!


0 件のコメント:

コメントを投稿