2022年2月15日火曜日

翻訳サービスが二極化していくなかで

 機械翻訳の導入が進み、翻訳サービスの価格の下落圧力が進むなか、我々職業翻訳者もこの仕事を続けていくにはなんとかしてこれで生計を立てていかなくてはならないので、色々なことを考えなければならない時期に来ていると思います。

 我々翻訳者の立場で言うと、骨の折れる仕事をしているのだからそれに見合った報酬が欲しいのですが、サービスを購入する顧客の立場で言うと、より安くサービスを提供して欲しい、そういう(企業)努力をして欲しい、つまり、より高い品質の翻訳をより安く買いたい、と考えるのは当然の欲求だと思います。

 すでに機械翻訳の導入が進んでそれがかなりマッチして機能し、機械翻訳の出力を人間が手直しするいわゆる「ポストエディット」(MTPE、Machine Translation Post-Editing)が上手くいって翻訳の「コスト削減」が進んでいる事例もかなりあると聞きます。

 一方で我々職業翻訳者は「翻訳はコストではない、信頼できる翻訳サービスを使うことで顧客が増えることもある。翻訳は投資だ」と考えます。これも間違いではなく、機械翻訳をろくに手直しもせず使って悲惨な結果になっている事例も山のように見聞きします。

 とはいえ、予算のない顧客が「出せる予算の中で最良の品質の翻訳サービスを購入したい」という場合、いくら良い翻訳でも高すぎれば頼めない、ということになります。

 そういう時、どうするのか。同じような品質を提供してくれる翻訳会社でもっと安いところはないかと必死に探すのだと思いますが、そんなに簡単には見つからないでしょう。翻訳会社も良い翻訳を提供するには良い翻訳者を確保しなければならず、良い翻訳者を確保するにはお金がかかるからです。

 顧客は何らかの形で妥協を迫られることになります。

 ■もしかしたらまともな翻訳が上がってこないかもしれないがとにかく安いところに賭けるような気持ちで一度頼んでみる。

 ■いつもの翻訳会社や翻訳者に頼む量を減らす(一部だけ頼んで他は社内で何とかする)。

 このどちらもできない場合は

 ■いつもの翻訳会社や翻訳者に「安くしてくれないか」と頼む。

 というパターンもあるかもしれません(断られると思いますが、何とかしてくれるところも中にはあるかもしれません。そういう時は影で翻訳者と翻訳会社の中の人が泣いています)。

 頼みたい翻訳の量は減らせなくて、予算もないという場合、顧客は仕方なく安い翻訳会社に流れるかもしれません。結果、とても満足だとは言えないにしろ、「まあまあこれぐらいならいいか」という程度の翻訳が得られたらまずまずの結果として、次からもそこを使い続けるかもしれません。予算と品質のせめぎ合いですが、最終的には予算的にも品質的にも一番妥協できるラインに収束していき、翻訳サービスを提供する側は徐々に二極化していきます。

 実際、この「二極化」はすでに進んでいると思います。

 機械翻訳の精度の向上とともに、コロナ禍の影響も手伝って翻訳業界に参入したい人たちが増え、安く働いてくれる人を大量に抱え込んで「短納期・低単価」で勝負する大手の翻訳会社も増えています。

 一方、短納期・低単価から脱却すべく、「うちにしかできない翻訳」を掲げて高品質で勝負する「ブティック型」翻訳会社(翻訳者)を貫くという路線でサービスを提供しているところもあります。

 「安いのが良ければそちらに行ってくださいな」「うちは高いですが品質は良いですよ」

この極端な二択から顧客は選択を迫られる事態となっています。

 「まあまあの品質でまあまあの価格で出してくれるところはないのか」

という要望に対しても、そこそこの値段でそこそこの品質のものを出すところも、あります。

 いずれにしても安ければ品質は悪いし、品質が良ければ高いしで、本当に顧客が欲しい

「安価で手に入る品質の高い翻訳サービス」は今のところ、入手困難というのが実情でしょう。

 翻訳は労働集約型産業なので、良い仕事を短時間で大量に行うことはできません。

 職人型の翻訳者が頭脳を使い、時間を使い、手間暇かけた成果物が「高品質翻訳」として高値で市場に出回っていきます。

 ここを何とかして品質を保ったままコストカットできないのか、と各方面の技術者や研究者が切り込もうとしますが、実際に翻訳作業を行う熟練翻訳者の利害と衝突するため、上手く行きません。

 翻訳者たちにも生活がかかっているので、1日の労働時間を何時間も奪われたうえ、わずかな報酬しかもらえない仕事からは逃げたいですし、将来的にもっと良い仕事をするために時間的にも金銭的にも余裕のある生活をしたいので、できるだけ十分な納期で高単価の仕事を獲得できるように各自が努力することになります。

 熟練した翻訳者が低単価で受注するのは業界のために良くない、とか、翻訳単価はいくら以上にしようなど、さまざまな工夫やアイデアが叫ばれますが、翻訳者が待遇改善を求めれば求めるほど、市場のニーズから遠ざかるというジレンマに陥ることになります。

 そこを改善しようとして機械翻訳の研究者や開発業者が翻訳者の皆さん使ってください、翻訳作業が楽になりますよなどと声をかけようものなら、機械翻訳の現状のひどさも理解している翻訳者たちからは嫌われることになります。機械翻訳の研究者や開発者たちも今こういったジレンマに陥っていて、先へ進まないのではないでしょうか。

 これからは、翻訳サービスが二極化していくのは、ある程度やむを得ないことだと私は思います。機械翻訳の導入をどんどん進めていける分野、それが可能な分野ではいくら抗っても、もうその流れは止められないと思います。そういう分野でこれまで仕事をしてきた人はそうやって出力される(つまり機械翻訳+非熟練の翻訳者たちによるPE)の結果を監督し、品質を保つようなポジションでやっていくか、いっそのこと全く別分野へと方向転換する必要に迫られていくでしょう。

 一方で、これだけはどうしても人間じゃないとダメだ、プレエディット(機械翻訳に入れるまえに主語述語をはっきりさせるなど機械が訳しやすく編集すること)やポストエディット(上で述べたように機械翻訳の出力を手直しする工程)ではどうにもならない、という分野も存在します。なくなりません。ただ、少なくなると思います。この少ない分野にフォーカスしていくのか、あるいは既存の翻訳対象文書や作品を「ここだけは人間に任せます」というふうに上手く切り分けていくことが可能になるのか。今後の流れに注目していく必要があると思います。

 ひとつ言えるのは、こうして翻訳サービスが二極化していくなかで、もはや、「誰にでもできる仕事」もっと言えば「機械でもできる仕事」しかできない人は淘汰されるか、短納期・低単価で搾取されることになっていくだろうと思います。

 私自身も例外ではないと思っています。日々の仕事に追われるだけだと、この変化についていけないのではないかと、焦る気持ちが頭のどこかにあります。

 だからこそ、1日のうち、仕事に使える時間を100%案件の受注に使ってしまわないで、いろいろな情報収集や活動、ブログ執筆や勉強など、「私にしかできない何か」ができる存在になるための努力を続けていきたいと考えています。

 翻訳者も、翻訳作業以外に「いろいろなことを考える」時間が今後ますます必要になってくるのではないか。私は今、そのように考えています。

3 件のコメント:

  1. こんにちは。
    私はブティック型を自認し今後もその方向に進むつもりではいますが、将来の展望には不安がありますね。

    翻訳会社、エンドクライアント、そして一般の方々に理解していただきたいのは、ブティック型翻訳者は、決して経験や立場にあぐらをかいて、非効率な働き方をしているわけではない、ということです。人間の頭脳を使った翻訳結果を最大化できるよう、周辺の業務をめいっぱい効率化・自動化・機械化しています。このあたりがひょっとしたら、あまり伝わっていないのかなー?と思っています(伝わったからどうした、という感じもあるかもしれませんが)。

    いずれにせよ、コスト削減という魅力的なワード対して、品質を掲げてどこまで第一線で戦い続けられるのか……常に精進ですね。

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    1. コメントありがとうございます。そうですね。低コストでやって欲しいという顧客はどうしても一定数いるので、その存在はそれはそれとして、価格競争に巻き込まれずに自分の路線で勝負していくには、自分の商品を魅力あるものにしなければならないと思います。本当に、日々精進ですね。

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  2. 最近、廃業・引退を考えることが多く、他の翻訳者さんたちの考えを知りたいと思い「翻訳者ブログ」で検索したところ、こちらにたどり着きました。

    故意ではないのですが長年翻訳を続けていくうちに専門が医療機器となり、中でも取説の受注量が大半を占めるようになりました。今思えば失敗です。改訂版、機械翻訳の一番の対象です。

    機械翻訳したものが発注なんてこともざらで、マッチ率に応じて報酬が下がる……でも日本語じゃない訳文が多々あり、目をつぶれない。そう、訳し直しですよ。

    改訂版は単純に訳し直してはまずいので、コメント欄に提案訳を書くのですが、時給換算するのが恐ろしいくらい時間をとられます。

    次のまっとうな依頼を期待してサービスを提供するか、翻訳業界を見限るか、葛藤の毎日です。今日はリピート案件が打診されました。こちらは当初から担当させてもらっているので来るたび翻訳者辞めないで良かったと思える希少案件です。こうした打診があるうちはもう少し頑張りますか。

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