2022年2月18日金曜日

翻訳料金は「ぼったくり」ではない―カスタマーリレーションという考え方

■翻訳料金は高い?

 「翻訳料金って(意外と)高いんですね」と言われたことのある翻訳者の方は結構多いのではないかと思います。見積りを出して欲しいと言われて出したら「えっ、結構するんですね」のような反応をされたことは、私も1度や2度ではありません。業界水準では私の単価は決して高い方ではないと思うのですが、翻訳サービスを使ったことのない人にとっては「紙1枚で〇千円もするの」「たったこれだけで△万円もするの」という顔をする方もいます(メールでのやりとりなので顔の表情は想像ですが)。

 翻訳の成果物はほとんどの場合がデータであり、食品や洋服や家具と違って「サービス」という無形の商品なので、価値が目に見えにくいところが特徴です。

 先日Twitterにも投稿したのですが、翻訳というサービスの料金には一般に以下の作業費が含まれていると考えられます。

・原文を正しく解釈するための「読み込み」作業

・内容を理解するために周辺情報を「調査する」作業

・原文を正しく伝えるために訳文を「書く」作業

・訳抜け、誤訳がないように訳出した文章を「推敲する」作業

 一般の人には上記の中でも後半の訳文を書く作業と推敲する作業しか思い浮かばないかもしれませんが、実は前半の「読み込み」と「調査」の方にこそ時間がかかっていることがほとんどです。

 翻訳とは、ある言語の文字を別の言語の文字に移し替えることではなく、原文の「内容」をもう一方の言語で読み手に伝わるように書くことだからです。

 翻訳とは

   × 文字⇒文字(変換)

  文字⇒内容理解⇒イメージ化⇒言語化

 このため、周辺調査が不十分で原文への理解が不十分なまま訳出すると、いまいち何を言っているか分からない、伝わりづらいピンボケした文章となります。

 ですからプロの翻訳者は、分かる訳文を書くためにまずは自分が原文を理解する努力をしています。

 こうしたプロセスを経て訳文が出来ていることは一般の人にはなかなか想像しづらいと思うので、「読んで訳すだけなのにどうしてそんなに時間がかかるの、どうしてそんなに高いの」と思われるかもしれないと思います。

 しかし、翻訳者は機械ではなく人間です。上から材料を入れたら下からジュースになって出てくるミキサーのような機械ではないので、訳は自動では出てきません。

 職人に作品を1点頼んだら「急ぎだから今日中に作って」とは言わないと思いますが、翻訳に関してはなぜか、原稿を読み終えたらその後すぐに訳出が始まり、訳し終えた文章が手から口からスラスラ出てくると思われがちなのですが、違います

 私たちは決して翻訳というスキルにあぐらをかいて翻訳料金をぼったくっているわけではないのです。鶴の恩返しの鶴のように、自分の羽根を1本ずつ抜きながら機織りをしていると言ったらオーバーですが、かなりのメンタルエナジーを費やして訳文を制作しています。

■そんなの知らんがな?!

 ただ、このように、顧客の目から見えづらい訳文制作の苦労の話をしても、「翻訳料金が妥当である」ことの主張としては弱いかもしれません。ですから、結婚式の見積りや引っ越しの見積りのように、「何にいくらかかっているから全体でこの値段なのか」という見積の内訳を細かく提示するのも、ひとつの顧客サービスと言えるかもしれません。

 たとえば、引っ越し屋さんに引っ越しを頼んだら10万円だと言われて高いなと感じたとします。ただ、それは梱包サービスも一切お任せするパターンの場合の話で、自分で梱包作業を行う場合だと6万円ですと言われたら、人によってはじゃあ梱包は自分でやりますと言う場合もあるでしょうし、いや、忙しいし大変だから梱包もやってくださいという場合もあると思います。

 この時に梱包ありの10万円だけを提示されたら「高いな」と思っても、梱包なしだと6万円だと分かった上で、あえて「それもやってもらいたいから」梱包ありの10万円の方を選んだとしたら、不思議と10万円は高く感じなくなると思います。

 これと同じように、この一連の翻訳作業には何が含まれているからこの値段なのかと、示すことで顧客の理解を得ることができ、顧客との信頼関係が深まるのではないかと思います。

翻訳料の見積内訳の例:

              単価    数量            価格        

・英日翻訳『(資料名)』    ◆円    〇〇ワード    △△円

・翻訳校正費                      ◆円    〇〇ワード    △△円(翻訳チェックを入れる場合)

・文書作成・レイアウト作業費   1式              △△円        

・特急料金(当日納品)              1式        △△円  

※「英日翻訳」には原文資料の周辺調査費も含みます。※価格には消費税は含まれません。

 特急料金の設定がある翻訳会社も最近少なくなりましたが、恐らくですが顧客に請求しづらいという現状があるからだと思います。

 しかし、急ぎの場合ならいくら、急がないならいくら、と値段を分けることで、急がない場合の料金を安く設定することもでき、顧客はその選択肢から選ぶことができるので、かえって顧客満足につながる可能性もあると思います。

 Amazonでもお急ぎ便は高いですが、通常配送なら少しお安くなりますと言われたら通常配送にする人もいるように、翻訳でも急ぎでない場合は少しお安くなります、というふうに納期で価格を分けるようにすれば「急ぐことは別料金」という認識がお互いの中に定着するのではないかと思います。そうすれば毎回毎回無茶な納期で疲弊することもないのではないか、と少し考えたりしています(最近そのように考え始めたところなので、納期による価格変動制はまだ実際には導入していません。今後の努力目標です)。

 これまで翻訳料金は「何にお金がかかってこの値段なのかが分からない」というブラックボックス的要素も大きかったのではないかと思います。料金体系を透明化することが、顧客満足―ひいてはカスタマーリレーション(顧客との良好な関係を維持するために行う体制づくりやそのための努力)という考え方につながっていくのではないか、と思います。

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