2017年9月13日水曜日

カタカナ語をどこまで残すか

英語から日本語に翻訳するとき、どの程度までカタカナ語訳を採用するかは、翻訳者も非常に頭を悩ませる問題です。

例えば、「シミュレーション」はカタカナでも意味が分かる人は多いと思いますが、「コンフィギュレーション」の意味がすぐに分かる人は一般的には少ないと思います。

また、「アプリケーション」「ブラウザ」はカタカナのままで良く見ますが、「パラメータ」は何だっけ?と思うと思います。

こうしたコンピュータ用語だけでなく概念的な言葉、例えば「ポジティブ」「ネガティブ」などは無理して日本語に置き換えるより、英語のままで理解されていると思いますし、サッカーなどで「ナイスシュート!」という時の「ナイス」は「良い」「素晴らしい」などど訳してしまってはおかしなことになります。

このように英語がカタカナのまま日本語の中にどんどん取り込まれていっている現状で、カタカタを残すかどうかは、「日本語の中にどの程度普及しているか」と、「読み手が誰か」による、としか言えないと思います。


専門家の間では英語のまま通じる言葉でも、

一般の使用者向けに書かれた製品の取扱説明書やマニュアル

などは、日本語に訳せるところは日本語に落とし込んだ方が親切ですし、反対に

専門家同士でやり取りする図面などの中での表現

では、変に日本語にされると逆に分からないのでそのまま残して欲しい、と言われる場合も多々あります。

結局のところ、どこまでカタカナを残すかはその場の判断となるので、一般的な使われ方、業界での使われ方、日本語に訳した表現とカタカナ表現のどちらがより分かりやすいか、などを、その都度丁寧に検証しながら決定していくしかなく、王道や公式はないと言わざるを得ないでしょう。

日本語にどう訳していいか分からない単語をとりあえずカタカナ語にして行けば、表面的には何とか日本語になって落ち着くかもしれませんが、読んだ人が何のことを言っているのかさっぱり分からないのであれば日本語に訳したとは言えません。

「日本語として自然かどうか」の感覚は、やはり長年いろんな文章を読んで蓄積されてきた中でしか養われないものなのかもしれません。この感覚こそ、日本語ネイティブとしての勘が生かされる領域だとも言えます。

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