2017年7月24日月曜日

10-3 専門外の仕事は無理して引き受けない


10-3 専門外の仕事は無理して引き受けない
 
翻訳者にとって自分の専門分野を持つことは重要なことです。大学での専攻や前職での経験が関係している人や、たまたま最初に社内翻訳者として仕事したときの分野がそのまま得意分野になっている人など、様々なパターンがあると思いますが、「何でもやります」という翻訳者には逆に何も来ないということが言えると思います。
 
自分がどんな分野に向いているか分からないから、色々な分野にチャレンジしてみたいというのももちろん分かりますが、実力・経験が伴っていない分野の場合は、断る勇気も必要です。
 
 
20年ぐらい前の話で、私が当時20代で派遣社員として貿易事務の仕事をしていた頃のことです。通訳学校の勉強仲間のお姉さんから医学系の文献の和訳を依頼されたことがあります。その頃は自分の訳出スピードも何も、全く把握していなかったにもかかわらず「翻訳のバイトがある。報酬は一万円。」と言われて飛びついてしまいました。
 
当時すでに社会人でしたが、医学の知識など全くなく、今のようにオンライン辞書も発達していない中、図書館に通いつめて必死で訳しました。知らない分野なのでものすごく時間がかかり、派遣の仕事も通常通りしていたのでほとんど徹夜のような作業で、大変な思いをしたことだけは覚えています。
 
英語自体はしっかり勉強しているという自負があったので、構文の解釈や文法的な誤りはそれほどないだろうと高を括っていました。しかし、結果は「全く使いものにならない」という評価でした。ワードチョイスが全く間違っていたのです。
 
医学・薬学に限りませんが、ある単語にはこの単語、と定訳があるものについては、必ずその「定訳」を充てなければ意味をなさないのです。肝心の医学用語がほぼ全滅だったようです。結局、その人はその方面のプロの方に翻訳を依頼し直す羽目になったそうです。一応頑張ってくれたからと、約束の報酬は受け取って欲しいと言われ受け取りましたが、満足でない仕事だったのに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
 
当然のことながらその人からは、その後二度と「翻訳を頼みたい」などと言われることはありませんでした。一度頼んで「下手な人だった」と思われてしまうと、その評価を覆すことはほぼ不可能です。「苦手分野だったので」などという言い訳が通るはずもなく、その後「今度は違う分野だから」などと言ってお願いしてもらえるということはまずありません。
 
翻訳の世界ではフィードバックがもらえるケースというのは極めてまれで、ほとんどの場合は納品したらそれでおしまいです。(訳抜けなどの指摘はあります)ですから、フリーランスとなった今、一度お仕事してその後2度目、3度目のお仕事をいただけると「前回の仕事は大丈夫だったんだな」とほっとして、非常にありがたく思います。
 
翻訳会社の場合は、分野別にトライアルを設けているところが大半で、翻訳対象の分野のトライアルに通っていない翻訳者に、誤って発注するということはありません。
 
個人事業主として開業しているとどんな分野の仕事も舞い込む可能性がありますが、だからこそ「専門外の仕事を無理して引き受けない」という判断が必要だと思います。
 
万一、専門外での仕事で「あまりうまい翻訳者さんじゃなかった」と判断されてしまい、自分の能力の全体が否定されてしまっては、もったいないと思います。

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